今月の花館
(開設以来今月の花・果実等に掲載した表紙画像と追加コメント集)
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掲載月 サムネイル 掲載種名 コメント
2004.4
ツクシチャルメルソウ  ホームページの開設を小さな声でお知らせする意味で選定した。

表紙コメント・・・初めから2006年8月までにもコメントしていたが、この欄に記載してなかったので今となっては内容は分からない。
2004.5
タチバナ  橘そのものは馴染みのある花ではないが、宮崎市民はタチバナという名前の親しみ具合では、多分全国でもトップクラスだろうと自信を持って、爽やかな5月の花としてタチバナを選定した。
2004.6
ツクシイバラ  ツクシイバラは、美しさ素朴さと、あでやかさを備えた素晴らしい花だが、上品さに欠けることが欠点ともされる。
 原種の魅力を大事にしていると自認する宮崎人にも通じる点があることから、6月の花に選定した。
2004.7
ハマゴウ  宮崎の観光地の象徴である日南海岸の青島に渡る弥生橋入り口の夏、白砂の熱気を防ぎ、葉の緑と海の色に似た花の色で宮崎の優しさを感じさせるハマゴウは、宮崎の海に相応しい。
2004.8
ナガバノイシモチソウ  国内でも数少ない貴重な自生地を持つ宮崎では、ボランテイアによる保護活動がさまざまな形で行われ、生育環境を守るための大きな力となっている。
 希少種ナガバノイシモチソウは宮崎の環境を象徴するともいえる。
2004.9
シギンカラマツ  照葉樹と共に生きてきた多くの野生生物は人間に直接の有用性がない故に存亡の危機に見舞われているが、野生種に秘められた潜在能力を再認識する動きもある中で、シギンカラマツを例として深く観察すれば予想もしなかった美しさがある。
2004.10
ハガクレツリフネ  過酷な自然を生き延びてきたツリフネソウは、仲間内でも互いの違いを明確にする必要があったわけだが、それにしても花序のバランス、花全体のデザインは素晴らしい。
 競争を生き抜く強さと独自の美しさが必要だよとの声が聞こえる。
2004.11
シラネセンキュウ  個々の花も十分な機能を備えながら集団の力で生存競争を勝ち残ってきたが、別には個々の花の魅力で繁栄している花もある。
 虫媒花としての今後の生き残りの命運を、昆虫と人間の関係に委ねざるを得ないという新しい危機だが・・・・。
2004.12
ヤツデ  他の植物達が休んでいる厳しい寒さの時期、黙って虫たちのために花を咲かせる優しさは、ツバキなどと違って人間に褒められることはないが、大きな体と差し伸べた大きな手のひらのような形の葉は、仏さまの手に似ているような気もする。
2005.1
マダケ  古来から親しまれ生活の役立つものとして広範に利用されており、すっきりと天に向かって伸びる性質、独特の緑色は日本人の清々しさの象徴ともいえる。さまざまなことわざにも使われ、我々の日常生活に今でも大きな影響を与えている。
2005.2
ハチジョウカグマ  太古の昔から生き残ってきたシダには独特の雰囲気が感じられるが、温暖な宮崎ではさまざまなシダに親しむ機会は多い。
 特に大型のシダは環境に迎合する様子もなく、悠然と葉を広げて風と遊ぶ余裕は、花を必要としない繁殖法にあるのかも知れない。
2005.3
アオキ  いつも緑色を保つ葉や茎、枯れ葉の目立つ冬に熟す真っ赤な果実を身近に鑑賞できる木、牛馬の餌にも民間薬にもなるという優れもののアオキは、日本の特産種だが、よく見ると相当に派手な色の組み合わせだ。
 案外と日本人に秘められた色彩感覚を与えてくれているのかも知れない。
2005.4
ヤマアイ  人知れずひっそりと咲いているが、けっこう花期も長く、茎を花瓶に挿しても相当に長持ちする。見かけはなよなよして柔らかそうだが、実にしっかりしている。
 日本の山野の変化に耐えて、絶滅することなく進化してきた力は染物に生かされる。
2005.5
マルバウツギ  取り立てて役に立つ評判もなく、花もそれなりに美しさはあるもののウツギの魅力の前には霞んで評価されることは少ないが、 しかし、山道や田畑の周囲から人間の労働を見守り、時に役立って来た里山の構成要員として、今でも変わらず里山風景を支えている功労者である。
2005.6
ツクシヤブウツギ  筑紫の後に藪、ウツギとなると確かに荒っぽく粗野な感じがするが、花色の変化のサービスぶりを見ると、見かけと違って案外周囲と調和しながら繁栄してきたのかも知れない。
  しかし、風にゆれる枝の花はなぜか、涼しさよりは汗を誘うようにを感じる。 
2005.7
アオカズラ  青い葛とは、いかにも単純明快な名前だが、命名者のマキシモビッチも藍い果実のついた標本を見たら、別の名前を考えたかも知れないなどと想像したくなる。
 青い山、青々した草木、赤や藍の実、日本の山野を彩ってきた風景を、アオカズラの果実は映している。
2005.8
ホウライカズラ  秦の始皇帝の命で、徐福が向かった不老不死の仙人の山の一つ蓬莱山の名をもらうほど珍しい葛だが、地域によっては絶滅危惧種に指定されるほどに減っているのは、常緑樹林の減少によると思われるが、大陸の東方海上日本の魅力がまた1つ消えてゆくことに繋がるのだろうか。
2005.9
シコクママコナ  葉の大きさも量も全く普通の植物であり、花を咲かせ子孫を残すだけの自活能力はありそうだが、地球上で広く繁栄しているイネ科植物を宿主に選んで半寄生の道を選択し、生き残ってきた。
 長い進化の過程で獲得したパラサイト能力の深い意味は理解を超えている。
2005.10
オオマルバノテンニンソウ  大きく逞しそうに見える殆どの葉が、網目だけを残して見事に喰われている光景も珍しくない。
  これだけの群生量で虫に食料を供給してということは、虫からも利益も受けているはずだが、素人には名前の意味と同様にその共生の仕組みは判らない。
2005.11
オオバヤドリギ  寄生する植物が逞しい分、寄生根のすごさも驚くほどで、自然界の生存競争の恐ろしい一面が垣間見える気がする。
  一方ではまた、これだけの葉を備えながらも寄生するという生き方を許容する懐の深さを持つのも自然界であり、特にその一員である人間は寛容でありたい。
2005.12
ツワブキ  寂しい冬の庭を明るくしてくれる貴重な花として、食用として、日常役に立つ打撲、切り傷、食あたりに効く草として人里周辺にあってまことに重宝な植物。
  フキと違って自生地は沿岸地域で、開発等変化の多いわりには、減少している様子は見えないのもうれしい。
2006.1
アオダモ(コバノトネリコ)  古代ゲルマン民族の神話では、海に浮かぶ大地の外縁部は巨人の国、内側は人間の国、そして中央には神々の国アスガルズがあり、中央に万物を支える宇宙樹ユグドラシル(大トネリコ)が聳えていると、またノアの箱舟の用材もトネリコの仲間だったとの説が多いとの記載(樹木大図説 上原敬二著)は実に楽しい。
2006.2
イワガネ   枝ぶりが悪く、花もパッとしない、実も役に立ちそうにないし、葉も紅葉するわけではないので、有用好きな人間との接点はなさそうに見えるが、果実の特徴がこの植物の生き残り戦略を示しているとすれば、その果実の意味を知りたいと人間が近づいてくることにもなる。
2006.3
ミツマタ  中国から持ち込まれ、集合して黄色いまん丸になるミツマタの花は日本人を連想させるが、多くの移入品を日本流にアレンジして文化を築いてきた日本人にとっても、ミツマタは特に相性が良いようだ。
 お金にも美しさが要求される日本の紙幣原料として欠かせない樹木で、日本を経済、文化の両面から支えている。 
2006.4
キリシマミズキ  まだ風が寒く、背中が丸くなる高原の4月、日本初指定の国立公園霧島地域に春を告げるキリシマミズキの黄色は、植物たちをやさしく目覚めさせる役目なのだろうか。
 やがて野山が賑やかに動き出し、山肌をミヤマキリシマの鮮やかなピンクに装う霧島の変化は、そのまま人間のバイオリズムにも合致している。
2006.5
トベラ  扉という言葉が何時ごろから日本で使われていたか知らないが、この木は昔からトビラと発音されていたようだし、学名にもtobiraがついているほどなので、古くから扉に挿す魔除けの木としてトビラと呼んでいたことは確かなようだ。
 花も葉も実もそれぞれに主張の目だつ木ではある。
2006.6
トチノキ  縄文時代遺跡から出土した植物遺体の中で、食料と考えられる39種は、ヤマモモ、クリ、ブナ、ハシバミ、トチノキ、オニグルミ、カシやシイの類その他だが、宮崎県の高千穂町陣内遺跡のトチノキもこれに含まれている。
 参考(縄文時代の植物食、昭和50年 渡辺誠著 雄山閣出版)
2006.7
アオノクマタケラン  日光の注さない湿り気の多い海沿いの林の中、無毛で柔らかい光沢のある葉と妖しげな淡いピンクの花に引かれて近づけば、女王を護るように一斉に襲ってくる藪蚊の集団。
 女王の名前には守護神のクマがついているというミステリーじみた想像をしたくなる。種小名の「intermedia」は中間を意味するが、これも不明。
2006.8
サネカズラ  天平5年(733年)編纂とされる出雲国風土記にも名前が出てくるほどなので、歌の材料とか果実の観賞とかでなく、当時の生活に有益な植物だったはずだ。 
 果実は咳止めや強壮に効くらしいが、当時この木だけの利用法、つまり整髪料等に使われた木だから記載されたと思いたい。
 枕草子等に使用の例は出てないが。
2006.9
ヒュウガギボウシ                     光と水を求める植物たちの競争の世界、様々な工夫で生き残ってきた種の中で、瑞穂の国、日向の地に特化して住み着いた頭脳派。 日の当たりやすい崖地で、流れ落ちる水飛沫を浴びるという独自の作戦で、根から水分を吸収するエネルギーを浮かせて何に使っているのか、もったいない、やはり呑気な日向の住人。
     表紙コメント
滴る水、上下に揺れるヒュウガギボウシ、涼しさの微妙な変化のほどに揺れている
2006.10
ミツバアケビ  日本中の山野にあって葉や花が鑑賞に堪え、果実が食ベて甘く、蔓が役に立ち庭木や盆栽にもなる優れものだが、里山でこのアケビ類を森の動物達と分け合う知恵と楽しさを知らない人が増えてきた。
  経済大国の日本人は、森の生き物と共存できる里山を復活し、心豊かな大和の国日本を再生できるだろうか。
      表紙コメント
高木に絡んで自由に陽光を浴びるミツバアケビ、甘い果実は葉陰に見え隠れする
2006.11
センダン  九州で子供時代を過ごした年配者に聞くと、大抵の人が校庭にセンダンの木があったといい、実を好んだヒヨドリの名とともによく憶えているが、他にもあった他の大きな木については、名前ははっきり憶えてないという。 私もその中の一人だ。 
      表紙コメント
うさぎ追いしかの山、センダンの風景は、はるか昔の木造校舎の校庭につながる。
2006.12
イヌガンソク  ガンソクとも云われるシダ(クサソテツ)に似ているからイヌガンソクとは、長いサバイバル競争を勝ち抜いて来た勝者を讃える敬意が伝わらない名前に思える。
  胞子葉の形を見ただけでも、中生代白亜紀の恐竜の地響きに揺れながら生きていたことがイメージできるのに。  
      表紙コメント
胞子嚢を保護しながら進化し生き残ってきたシダの名前、もう少し敬意が欲しかった。
2007.1
マンリョウ   寒さが増すほどに鮮やかさを増すこの実の1月末の赤はどう表現すれば良いのか。
  平安時代の文献にでも出ていればなあと思いつつ、色見本帖と比べて韓紅の赤に似ているとしか表現しかできない無念さ。
  あらためて昔の人の色彩感覚を思う。 
      表紙コメント
千両万両ある中で、赤い実を売り出す工夫のバックに緑葉、一番目だって万両獲得。
2007.2
ユズリハ  高校生のデイベート競技で、自己主張や相手の弱点を論破する能力が賞賛される時代、譲りハと聞くとホッとするが、最近では企業の生き残り戦略に「生物の多様性を学ぶ」という発想が出てきたとも聞く。
  共存はお互いに譲ることから始まるというユズリハの声を聞いて欲しい。 
      表紙コメント
痛んではいるがまだ葉は緑、しかし果実は熟した。新葉に役目を譲る日も近い。
2007.3
キブシ   早春の日本各地でいち早く春の到来を告げて咲く、日本人の好きなフジにも似た風情のある花だが、昔から果実の利用に関する話ばかりが多い。
  染料となるタンニンを含む果実の利用が有益で、花より団子だったのだろうか。
      表紙コメント
早春の野山に目立つ花で日本人好みに思えるが、何故か詩歌では目立たない。
2007.4
トサコバイモ   まだ周囲は眠っている早春の山中、積もった枯れ葉の色に紛れた小さな花には、どんな昆虫が受粉の媒介に訪れるのだろうか。
  気の遠くなるような年月、自然の変化に合わせて獲得した生存の仕組みに沿って、葉を出し花をつけ実となって枯れるだけ。
      表紙コメント
山地林下に咲く春植物で、頭上に葉が茂る前に花を咲かせ、そして実を結び枯れる。
2007.5
シャリンバイ  土地を選ばず丈夫で、煙害や潮風等に強く、臨海公園等の植栽樹として重宝されているが、名前はあまり知られていない。
 車輪状の葉の間から見える真っ白な5弁花は家紋のデザインにぴったりの気がするが、車輪梅の紋は聞いたことが無い。
 梅に似ているせいもあるのだろうか。
      表紙コメント
日南海岸の鬼の洗濯岩が見える高台、潮風と潮騒がやさしくなるとこの花が咲く。
2007.6
シロドウダン  和名は白燈台とも書き、枝の出方が昔の3本脚で支える燈台の形から来たという(画像8 参照)。満天星は漢名で、昔、太上老君が仙宮で霊薬を練るうち誤ってこぼした玉盤の霊水がこの樹に散って、凝って壺状の玉になり、あたかも満天の星のように輝いたという伝説に因むと図説花と樹の事典(木村陽二郎監修2005年柏書房)にある。
      表紙コメント
僅か1cmほどの白い花冠の先はギザギザ、昆虫の花粉媒介に関係するのだろうか。
2007.7
ギョクシンカ  花の形や花から発するジャスミンに似た香りなどから考えると、訪れる昆虫も数種類いるだろうとは思われるが、自生地が九州以南に限られることもあって解説した本は少ない。
 中央版の本に頼らず、薮蚊の中で根気よく観察してコメントする地域力の時代とは思うが。
      表紙コメント
人気のない蒸し暑い海岸林内、木漏れ日の空間にひっそりと生きる花は純白。
2007.8
イワタバコ   タバコは天正年間の渡来らしいので、古名の岩ヂシャ、岩菜等で和歌集等を調べても出てこないし、風情ある花なのに園芸植物として好まれ、色変わり等の品種が作られたようでもない。
 現代歌にも少ない気がするが、名にタバコとついたせいでもあるまい。
      表紙コメント
8月の暑さを忘れる谷間の遊歩道、訪れる人の一番人気はやはりイワタバコ。
2007.9
サイヨウシャジン  シャジンの仲間は花や葉に変化が多く、それらの特徴を捉えて自生地名等を頭につけたシャジン名で種や変種に分けているが、その中間型があるのでややこしくなる。
 九州のサイヨウシャジンは中国地方辺りを境にツリガネニンジンに変化するが、九州でも一部変化が見られるから悩ましい。
       表紙コメント
まだ夏気分の残る草原、空に紛れる花冠が揺れて、秋を誘う鐘の音七つ。
2007.10
ツクシトウヒレン  九州でも限られた山地の一部にひっそりと自生してきたツクシトウヒレン。
 増え過ぎたシカの食料となる野生種が消えゆく中で、硬い刺の代わりにとげとげしい外見を選択してきたが、シカがこれほど山中深くまで増えるような事例も過去に経験したことがあったのだろうか。
       表紙コメント
山地でひっそりと生きる希少種にもシカの食害が目立つ昨今、この花はまだ大丈夫。
2007.11
ツタウルシ  有用性が少ない上にかぶれ成分の多いツタウルシは人間に敬遠されているが、例えば猿や鹿などもかぶれないのだろうか。
  猿がハゼ負けした話や、秋にモミジやツタウルシの周辺に集まっっていた話は聞いたことがないので、やはり、紅葉の鑑賞やかぶれ現象は人間特有のものと思われる。
       表紙コメント
敬遠はかぶれ防止でやむなしと、思いながらも万葉集、一首は欲しいこの鮮やかさ。
2007.12
サツマルリミノキ  動物は陽光の下ではかなり平等に色の識別能力を持つと思うが、薄暗い樹林内では照らさない限り、人間にこの瑠璃色の美しさは見えない。
  無粋に照らすことなくそのままで、瑠璃色の美しさを理解し、種子散布に協力してくれる澄んだ目の持ち主は誰なのだろうか。
       表紙コメント
瑠璃も玻璃も照らせば光る。だが薄暗い林内でこの鮮やかさを発信する相手は?
2008.1
リュウビンタイ  植物が陸上に進出して4億年、分化・進化を繰り返して種子植物が繁栄しているが、シダ類や裸子植物に向かう系統に分化する段階で我が道を行き、3億年前から生き残ったのがリュウビンタイ、と記述の図鑑もある。
 まさに日本の山野そのもので、山の神と一体化した侵しがたい雰囲気がある。
       表紙コメント
海近くの里山、リュウビンタイの茂る林道脇の格好の岩屋、山の神の榊は何時も緑
2008.2
ヤブツバキ  ヤブツバキとサザンカの違いは本文で触れたが、さらにツバキがメジロ、ヒヨドリなどの鳥媒花なのに対し、サザンカはハナアブなどによる虫媒花という違いが実は最大だ。
  ツバキは出雲風土記に出てくるほど昔から知られているが、山茶花は例えば豊後風土記にあればツバキに含まれているだろう。
       表紙コメント
常緑の広葉樹もうな垂れる寒の季節。ああ、さすがに常緑樹の代表!精気キラキラ。
2008.3
ホトケノザ  この3階草がホトケノザ(仏の座)と呼ばれ出したのが何時ごろからか判らないが、春の七草に歌われたコオニタビラコが、平安時代の知識人の間ではホトケノザと呼ばれていたのに、いつの間にかこちらのほうが仏の座を占領したという。
 虫媒花ながら閉鎖花も合せ持つなど世界に広く分布する強かさが感じられる。
       表紙コメント
カスミソウと呼ばれるほど集団の力で昆虫を呼ぶが、閉鎖花も備える周到さがある。
2008.4
ヤマトアオダモ   和名の頭にヤマトをつける場合には、命名者も相当に考え悩んで決定すると思うが、冠ヤマト名植物は全体で10種に満たない。
 その内樹木は2種、その1つがヤマトアオダモだが、花も果実も目立たないし、庭木・盆栽でも聞かない。しかし特定の用とは別に、孤立した高木の風格はまた格別である。
       表紙コメント
やまとが頭に付く数少ない草木の中で、悠揚迫らぬ風格と形容するに相応しい樹である。
2008.5
ミズキ   山里の5月、向山のミズキが白く咲けば焼畑の種蒔きで、お山の雪形は農作業に取り掛かる目安であった。
  科学と合理化が進んだ現在、焼畑は古老の思い出の中、雪形に注意する人もないが、こけし職人の目はまだまだミズキに優しい。
       表紙コメント
里山で目立つ花は、かっては焼畑で稗や粟の蒔き時の目印で、残雪の雪形に通じる。
2008.6
ミツバウツギ  日本にあるミツバウツギ科3種の和名は、ミツバウツギが類似性、ゴンズイが有用性、ショウベンノキが特性に由来と思われる。
 多分この3つが命名の3原則と思われるが、僅か3種の科で3原則を全て使って名付けられたミツバウツギ科の和名は、個別には賛成しかねるものもあるが、また面白い。
       表紙コメント
樹の説明にちょっと変わった果実の表現は難しい。やはりウツギの花に似た樹となる。
2008.7
エゴノキ  里山が日常の生活圏であった祖父母の時代までは、草木は生活資材であり、食料の補完材であり、子供の遊び相手で、民間薬であった。それぞれの利用法とともに受け継がれてきた判り易い呼び名も、生活様式の近代化に伴って伝える必要がなくなり、今は図鑑の中でごく一部が残るだけになった。
       表紙コメント
伝えられた様々な草木の利用法と呼び名の里山文化、利用なしは縁なしで名も無用。
2008.8
ノリウツギ   ほぼ日本中の里山周辺に多く、日常の生活に有用で、暑い夏にも目立つ特徴のある花だが古典文学等には出てこないらしい。    関係の深い和紙の歴史からすれば、いくつかの書物に出てきてもよさそうな気はするが、確かに花を愛でる樹ではない。
       表紙コメント
この木を紙漉き用の粘剤として売れた「ノリギ」と知る古老は、山里にもごく僅か。
2008.9
ヤマハギ   万葉時代の人々(宮廷の高級官位から無名の防人まで)に好まれたハギは万葉集中に142首、中国渡来のウメが119首、サクラ42首と、ハギの突出振りは際立っている。
 現在の我々は確かにハギの鑑賞力は薄れてはいるが、自然を愛好する気持ちの中にその精神は引き継がれていると思える。
       表紙コメント
この夕べ秋風吹きぬ白露に争う萩の明日咲かむ見ゆ(万葉集 作者不詳)
2008.10
イタドリ   戦後暫くまでは、春の野原で遊ぶ子供にとって、スカンポやサドガラは手軽にその場で食べられる身近な口遊びの材料であった。   
 日本各地でイタドリの若い茎の呼び名を集めると500ぐらいあるそうで、ヒガンバナの1000には及ばないにしても、いかに里山の生活で話題になっていたかが垣間見える。
       表紙コメント
早春、ポキント折って皮むき食べたバナナ感覚のイタドリは、秋に鮮やかメイゲツソウ
2008.11
ヌルデ  ハゼやウルシ等と違ってかぶれ成分は殆んど無いそうだが、葉の形状やアブラムシのつき具合でいかにもかぶれそうに見えて、知識で判っていてもやはり近寄ると及び腰になってしまう。 こんな心理状態は人間関係でも良くあるが、ヌルデがこんな進化をした理由に興味はあっても、触れる気にはならない。
       表紙コメント
かぶれないとはいうが、近寄りたくない外見からの印象は簡単には払拭できない。
2008.12
サイカチ  元来が自生数の多くない樹だが、自生地の範囲を越えて幅広く植栽され、各地で郷土の銘木や巨木として由来や因縁話が伝えられているのは、それだけ有益性が広く認められていたことを意味しているが、やはり当時に重宝した薬効なり洗浄効果なりが期待されて各地に持ち運ばれたものだろうか。
       表紙コメント
果実の去痰効能は漢方由来の知恵だが、災勝ちと充てて川岸や峠に植えるのは和風?
2009.1
オオムラサキシキブ  属名の「Callicarpa]はギリシャ語で美しい果実を意味するというが、英名もドイツ名も同様に美しい実というらしい。 
 アフリカを除いて世界に広く分布するこの仲間内で、さらに大きいオオムラサキシキブがさらに美しいとも云えず、適度な大きさや風情といったものも大事な美的要素だと再認識した。 
       表紙コメント
果実と葉の色に平安朝の重ね着効果が感じられて美しいが、さて自分で着るには?
2009.2
シコクフクジュソウ  図鑑ではフクジュソウと説明されている花がつい最近4種になったことは、インターネットの世界では広く共有されている。人類の歴史は発明・発見の積み重ねでもあるが、資格、年令、地域を問わず個々人の気持ちが瞬時に世界中に伝わるインターネットの仕組みは、活版印刷にも劣らない大発明というべきだろう。
       表紙コメント
元日草の名もあるフクジュソウに4種あり。南国宮崎の旧暦春7日、まだ僅かだが開花中。
2009.3
ツクシショウジョウバカマ  和名は筑紫の猩々袴で、基本種に猩々をイメージした命名者の思いとは相当にずれた花色で、変化の多い基本種との違いも今一つ分かりにくい。花の下、冬を越して変色したロゼット状の葉には、華やかな能衣装の猩々が見せる静かな立ち姿に表れる袴の緊張感は感じられない。
       表紙コメント
まだ遠いかすかな春の足音で目を覚ます文字通り早春の花だが、名実の差は大きい。
2009.4
ヤマナシ  中国から食用目的に持ち込まれたにしては、果実はいかにも不味いが、延喜式(905~925年)にも続梨100株(接ぎ木ナシ)とあるそうで、品種改良はかなりされたようだ。
 ナシ類は自家不和合性が強く、明治以降の甘い大改良品種の出現で、江戸期に至る多くの改良品種は消えたのかも知れない。
       表紙コメント
山笑う前に存在を誇示する花で、果実として中国から持ち込まれたというが、不味い?
2009.5
ツクシアケボノツツジ  ツツジ科が世界の亜熱帯~寒帯に3,500種ある中に日本に108種、その内のツツジ属は日本に52種があるが、花の美しさを国内それぞれの冠地域名等をつけて表現した多くのツツジ中で、花の大きさ、色合い、背後空間との調和などを総合すると、ツクシアケボノツツジ魅力は特に抜き出て見える。   
       表紙コメント
筑紫(曙)アケボノツツジ。いかにも日本的な相応しい名、付けもつけたり咲きも咲いたり。
2009.6
ヤブムラサキ  植物が獲得した多様な毛の効用は良く分からないが、一般的には防温、防虫、乾燥・蒸発予防、水分確保、衝撃緩和等を目的に様々な形質に変化してきたと思われる。
  第4間氷期の恵まれた年代だけを知る我々には、想像も出来ない氷河期を生き抜いてきた植物の形質に好みは言えない。
       表紙コメント
見るからに上品さに欠ける樹だが、軟毛の役割が何時の日か必ず来るとの声がする。
2009.7
サワルリソウ  元来が個体数も少ないようだが、かなりの県でレッドデータブックに記載されている。
 県内でも限られた山地に自生する地味な花だが、人間との関係が浅いからか、今でも同じ場所で年々歳々絶えることなく花を咲かせ実をつけて、自然を構成する一員としての責任を果たしている。
       表紙コメント
山地の林床に特色のない地味な花を咲かせて年々歳々、ひっそりと種を守る。
2009.8
ウバユリ  ウバユリの語源は、花の頃には葉がないことの洒落であることに異説はないが、歯が無い乳母とは、昔の貴族、武家、裕福な商家等では母親に代わって乳を与え育てる役目の女性のことで、慈しんで養育してきたお嬢様が花盛りを迎えて、目出度く嫁入りの頃には髪も白く歯も抜けている乳母をさす。
       表紙コメント
花はユリ(ユリ科)に似ているが、足元の衰えがやっぱり目立つウバウリ(ウバユリ科)の花。
2009.9
キハギ  万葉以来の日本人が好んだハギ類は、普通紅紫色の花がゆったりと揺れる枝が冬には枯れてしまう。キハギは花の色こそ淡黄色に紫色が入って上品だが、枝ぶりが違うし何よりも冬にも枝が枯れない点で異色だ。
 万葉人は芽子に含めてたのだろうか。
       表紙コメント
ハギの中でも上品な花に見えるが、山地寄りに多いせいか、馴染みが薄いのが寂しい。
2009.10
ツクシハギ  キハギやミヤギノハギは別として、その他の萩をひっくるめてハギの風情をゆったりと楽しんだ万葉の人々に比べて、先ずハギの種類の確認から始まる我ら現代人のハギの観賞法は、里山の利用法も含めて進歩したといえるのだろうか。
       表紙コメント
多くのハギの中でも限られた日本固有種として、地名を冠にもらったツクシハギです。
2009.11
ウメバチソウ    白い花弁に淡緑色の溝状の脈を持つ花は、紫外線が見える昆虫にとって格好の模様に見えるのではなかろうか。
 仮オシベが20本ほどにも細かく分かれた先端がいかにも蜜が丸まったように見えるのも、昆虫を呼ぶために進化した偽装らしい。
        表紙コメント
際立つ白さの花弁の工夫と微妙に変化した仮オシベで昆虫を呼ぶ?、これぞ進化の妙。
2009.12
ムラサキシキブ  英名でも「日本の美しい果実」というほどにその美しさは広く認められているが、資料に出てくるのは、貝原益軒の大和本草(1709年)が初めてという。
 京都周辺でもごく普通の植物なので昔の文化人達も目にしたはずだが、数多い詩歌集にも出て来ないのはどうしてだろうか。
 紫式部や清少納言に、見たことがあるか聞いてみたい気がする。
        表紙コメント
玉ムラサキの名でこの樹が初めて文献に見えるのは1709年、紫式部や清少納言は見た?
2010.1
ツルコウジ    千両センリョウ)万両(マンリョウ)有通し(アリドオシ)の語呂合わせを喜び、縁起物として赤い実のなる百両にカラタチバナ、十両にヤブコウジ、、1両にアカモノをあてて目出度さを囃し立てたのが江戸の年の暮風景だったという。
 確かに、赤い実は同じでもヤブコウジの代わりに毛が密生したツルコウジでは目出度い雰囲気が半減するかも知れない。
        表紙コメント
果実の大きさ美しさに違いはないが、ヤブコウジばかりが持て囃される理由は当然ながらある。
2010.2
リョウメンシダ   人間とシダの関係では、4億年を超えるシダの歴史からか、古代人はシダにある種の霊力を信じていたようだが(天岩戸に籠った天照大神に天細女命(アメノウズメノミコト)がヒカゲノカズラを身に纏って岩戸の前で舞った等)、天智天皇七年(668年)に献上された燃える水(石油)の採油地と言う新潟県黒川村では、昭和20年代までカグマとも呼ばれるリョウメンシダで地上に浸出した油を漉き取っていたという話もある。
        表紙コメント
葉の表裏が同じに見えるリョウメンシダ。誰やらの創作花言葉は「正直」と、単純明快。
2010.3
アマナ  アマナやカタクリ、フクジュソウやイチリンソウなどのいわゆるスプリングエフェメラルと呼ばれる春植物の中で、地下部の有用性も認められていたのはアマナとカタクリだが、アマナはカタクリほどの利用はなかったようだ。鱗茎の甘さ、しかも草地に群生して量も確保できるのに。
 延喜式祝詞にある、山野に生ふる物は、甘菜・辛菜、青海原の物は鰭・・・の甘菜に含まれていたのだろうか。
        表紙コメント
昆虫も少ない早春の草原、群生して咲いた花は鱗茎から伸びる紐状体による繁殖が主という。
2010.4
タムシバ  タムシバは、牧野図鑑(牧野富太郎博士の図鑑)の噛む柴の転化だとするのが定説だが、シバがどういう意味なのか判らない。
 図鑑記載文の中で、正しいとは思われないとして紹介している白井光太郎博士の:「時に葉面に田虫状の斑点ができるから田虫葉だという説」は単純でわかりやすい。
 早春の未だ寒い北風の中、蕾の先が北を向くことに異論を唱える人はいないようだ。
        表紙コメント
宮崎でもまだ霜柱の立つ山地落葉樹林、山の仲間へ春近しの知らせに張り切るタムシバの蕾。
2010.5
ホオノキ  本には、葉は食べ物の包装や皿替わりに重宝され、材は刀の白木鞘、まな板、版木、下駄の歯、マッチの軸木、鉛筆材や建築工芸材等に広く利用され、樹皮は咳や利尿等の生薬になったなどとあるが、今でも飛騨ではこの葉をフライパン替わりにする料理が有名だ。
 万葉集では大伴家持が「皇神祖の遠御代御代はい布き折り酒飲みきというぞこのほほがしわ」と遠い昔から利用されていたことを歌っている。
        表紙コメント
材は昔から刀の鞘やまな板、朴葉の下駄にと刃や歯に強いが、葉にもアレロパシーが。
2010.6
ハナウド   迫田にも賑やかな田植えが始まる村里の初夏、水を引く取り込み口の周辺に目立つ大きな白い花は昔は早乙女の紅だすきを引き立てる効果があったに違いない。
 がっしりした草丈に大盛りの花を一杯に咲かせたハナウドは何故か、収穫まで八十八の作業で働きづくめだった村の働き者の娘を想像させる。
 花弁に僅かでも紅色が混じるといいのだが、せめて花言葉に「健気な働き者」を与えたい。
        表紙コメント
体も心も丈夫な働き者ですが紅(べに)に縁がありません。一生懸命咲いてます。
2010.7
ニシキウツギ  名は体を表すとはいうものの、物事は何事も単純ではないので、中身を正確に表現しようと努力することが聞いてくれる人の理解の妨げになる場合も多いのは、我ら凡人の固い頭の理解の仕組みと理解している。
 名実の違いに目くじらを立てないのは大人の常識との論はあろうが、花色が紅白2色のウツギながら紅単色であればせめて平家ウツギとでもして欲しい気がする。
        表紙コメント
名実の違いを気にしない昨今の風潮、紅一色のニシキウツギはせめて実に名を合わせたい。
2010.8
カワラナデシコ  秋の七草として歌われた万葉集にある山上憶良の歌の七種は、萩の花尾花葛花瞿麦の花女郎花また藤袴朝顔の花だが、豊かな自然を誇る宮崎でこの内の2種が県版レッドデータブックに載っているとは悲しいことだ。
 朝顔は桔梗のことなので、花の美しいナデシコとキキョウが絶滅危惧1類に指定され,減少主要因はともに改修・改変、採取、遷移移行、管理放棄となっている。
        表紙コメント
なでしこの交わる草は悉くやさしからむと我がおもひみし・・長塚節(鍼の如く)
2010.9
クズ  出雲風土記に出てくるクズは薬用としての効用によると思えるが、貝原益軒が大和本草で葛根のカズラは縄に、皮は布に葉は馬の餌に、根は薬になると解説しているようにその実用性は、他の草木に抜きん出ている。
 山上憶良は葛花としたが、古い詩歌では花以外の特徴を素材にした歌が殆どで、花を歌いだしたのは近代短歌になってかららしい。
        表紙コメント
風早み峰の葛葉のともすればあやかりやすき人の心か・・拾遺集雑恋・1251・よみ人しらず
2010.10
ミズヒキ  和名の元になった飾りひもとしての水引はその由来となる説がはっきりしているが、植物名としてのミズヒキの方は本家と違って殆ど注目されなかったようで、四季の自然を素直に受け入れた平安期以降の多くの文学作品や絵の中にはミズヒキもミズヒキらしき花も残念ながら出てこないようだ。
 ミズヒキが文献等に見え始める江戸期まで全くの名無し草だった筈は無いのだが。
        表紙コメント
いかにも日本的な風情のある野草と思うが何故か古歌には出てこない。残念。また不思議。
2010.11
アキグミ  グミの仲間は日本に10種以上あるが、果実の熟す時期は3月のマルバグミ~11月のアキグミまで上手く分散していて、寒い時期を除いて年中食べられるようになっている。
 昔からノイチゴ等と同じで野山の子供達の遊びの行動範囲にあって、取っても叱られない口にできる美味い物だったと思われるが意外に文献等には出てこない。
        表紙コメント
物みな枯れる晩秋、花とも見える果実は庭植えにとも思うが刺枝と枝張り、やはり野に置。
2010.12
ヒオウギ  ヒオウギ(ヒアフギ)は取り立てて褒めそやすほどもない普通の植物に思えるが、黒い果実が古歌の枕詞に使われたが故に、花の印象もまた趣のあるイメージを与えている。
 ちょうど、古今集よみ人しらずの歌にある「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあわれとぞ見る」と歌われたムラサキのように。
        表紙コメント
ぬばたまの黒髪山を朝越えて山下露に濡れにけるかも・・雑歌1241(万葉集)
2011.1
シマカンギク   それこそ一年中変化に富んだ色や大きさの花に事欠かない栽培菊と違って、辺りが緑を失う時期にキリッとした小型の花を咲かせる野性種には強い生命力が伺える。
 確かに垂れ下がった草形に高貴さは感じられないが、この時期に山野の一角を占める責任を果たそうとする気構えが感じられる。
        表紙コメント
寒期の野菊は秋に咲く菊のようには注目されないが、きりっとして個性的に見える。
2011.2
シモバシラ  ものに一般的な名が付く例としてはカンガルーの例があるが、シモバシラも現地での呼び名が元になっているのだろうか。
 何かの利用法があって各地で様々な名でに呼ばれていたとも聞かないので、ある特定地域の子供達の遊び名が和名になったとする勝手な想像は、同じシモバシラ属の中国種の漢名を
香薷状霜柱」と解説した信頼できるサイトがあって、想像は忽ち融けてしまった。
        表紙コメント
単純直截に名付けられた日本固有種で、学名に日本最初の理学博士伊藤圭介の名が残るのもうれしい。
2011.3
オガタマノキ  天孫降臨の地を誇りにしている高千穂では、天の岩戸神社の境内に大きな古びた樹があり、狭い町ながらもメインストリートの街路樹にも植えられるなど、町のシンボルの木として親しまれ大事にされている。
 夜神楽で舞う須佐之男命がシャンシャンと打ち振る鈴を見ながら育った町民の心では、鈴の音とオガタマノキは繋がっているのかも知れない。
        表紙コメント
神前に供えて神霊を招く霊力は榊に譲って久しいが、今では他で代用できない魅力ミカドアゲハをを招く力で貴重な存在。
2011.4
ヤマモモ  国内外で取れる多くの果物を自由に食べて当たり前の時代、ヤマモモはテレビ出現以前に子供時代を過ごした我らには、その独特の味等で強い郷愁を覚える食べ物の1つと言える。
 当時も数多い樹では無かったし、所有者に無断で悪童どもがもぎ取る冒険は、それなりに五感を働かせ運動神経を最大限発揮する訓練になっていた気がする。
         表紙コメント
ヤマモモ、ニッケイ、ケンポナシ等、五感を磨いた子供の遊びはテレビの出現で消えた。
2011.5
ワタゲカマツカ まだ実体験者が残っているくらいのつい少し前まで、里山の暮らしに不可欠な知恵の1つとして先人から受け継がれてきた生活道具の材料として、鎌の柄になり、牛の鼻輪に使われて来たこの樹は、また花にも独特の賑やかさがある。
 里山の生活に直結していただけに合理化・機械化の影響は利用法に留まらず当たり前だった名前さえも忘れ去られようとしている。
         表紙コメント
つい昔の暮らしに有用だった証拠は、鎌柄や別名のウシコロシ(牛殺し)の名に残る。
2011.6
ヤマグワ  戦後の高度成長期に入る前に育った我らの時代、食事時と学校、寝る時以外は戸外で遊び回ることが当たり前で、サドガラ、様々なイチゴやイヌビワ、畑の桃や柿、ニッケイの根その他味の善し悪しに関わらず口にしていたが、畑の桑の実を食べた時は母親に分かって叱られた。
 口を開けると中が紫色に染まってすぐに分かるわけで、まさに嘘発見樹だった。
         表紙コメント
山の畑の桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか。夕焼け小やけの赤とんぼ。
2011.7
チシャノキ  草や樹には正式和名の他に別名や地方名があって図鑑等にも併記されているが、ある草木に似ていることの表現としてイヌとかモドキとかがつけられていることが一般的と思われる。
 このチシャノキは別名カキノキダマシ(柿の木騙し)で、ただ似ているのではなくて意識的に似せているという表現となっており、カキノキに税金がかかっていたという話に信憑性が出ている気がする。
          表紙コメント
カキノキに似て味はチシャに似るとしか説明できないが?・・・知者不言 言者不知。
2011.8
ツチビノキ  石灰岩地の険しい岩場に辛うじて生き残っているので、条件の良い平地ではさぞや元気になるだろうと考える人がいるが、大きな間違いで、かえって寿命を縮めてしまうということを理解できない人が問題だ。発句は色里の女性の句で、自分では粋なことだと思っているようですが、本当に粋な人はこのような里には来ないものですよ・・・せめて脇句を理解して欲しい。
          表紙コメント
(発句)此の里へ来たらざること粋なるべし・(脇句)手とらでやはり野に置けれんげそう。
2011.9
オトコエシ  質実剛健はもはや死語となり草食系男子こそが生き残る道とばかりに見栄えと好印象を気にする風潮の昨今、万葉の時代からオミナエシばかりがもて囃されている中で右顧左眄することなく毅然として自分らしさを貫いてきた感じのオトコエシ、今山野を歩けば、オトコエシばかりでオミナエシを見ること極めて少ない。
          表紙コメント
草食系男子が話題の昨今。優しさと無縁ですが季節が来たので自分らしく咲きました。
2011.10
ミゾソバ  名にソバはつくがソバはタデ科のソバ属、ミゾソバはイヌタデ属とソバとは別物で食用にはならない。
 似たようなヤノネグサやウナギツカミが自己の特徴をに基づいた名前をもらったのに対し、ソバの威を借りた名をもらったばかりに誤解されている面もある。
 本当は髪に飾るカンザシに似ているでしょうとの声が私には聞こえるのだが。
          表紙コメント
暑さが和らぎ朝夕涼しさを感じる頃、田の周辺に遠目には可愛いかんざしが並ぶ。
 2011.11  
 コバノガマズミ   晩秋の山道で目につくガマズミの仲間の濃い赤色は、田舎だった子供時代、登下校の格好の口遊びだった。ちょっと酢っぱいところが面白かっただけかも知れないが、上級生から教わったものだ。
 予防医学の進歩なのか分からないが、野外で取れた草木の実は消毒して食べるのが正しいと教えなければならない時代です。
          表紙コメント
目の高さで見える真っ赤な果実、口にすると広がる淡い酢っぱみ、そのままが秋
 2011.12  
 コマユミ   美しい日本の秋は起承転結の感じられる交響曲に例えられるかも知れない。遠望する山々は大きな主題のようにうねって様々に赤や黄に変化てゆくが、山川を形作る草木もそれぞれの特性に応じて大きな紅や小さな黄に装って、短い出番にありったけの力を込めている。
 コマユミも遠くからは見えにくいが一歩踏み込んで見るとキラリと光る音色が聞こえる。
          表紙コメント
美しい日本の演奏楽団は山川草木全てが団員、コマユミはピッコロで指揮者はモミジ
 2012.1  
ナナミノキ   冷たい風に吹かれながら歩く冬の山野、ついつい首を縮めて背を丸め脇を締めて体表面を小さくするので肩が凝る道理で、時には手を大きく広げて深呼吸する必要があるが、真っ赤な果実をぎっしりとつけた大きなナノミノキが見えた時がその時、冬空を見上げて思いっ切り背筋を伸ばす快感はまた格別。
          表紙コメント
緑の葉間に溢れる真っ赤な果実、見上げる冬の青空に背筋が伸びる
2012.2   
ヘクソカズラ    ヤイトバナとも言うがヘクソカズラが正式和名、植物の和名の中でも1,2を争うかわいそうな名前で、別名もあるが取って代るほどの力はない。多分、万葉の時代に戯れで呼ばれたのがそのまま受け継がれてきたものと推察するが、一度ついた名前を変えることが容易でないのは人間の場合も同じ。あの牧野富太郎博士にしても改名の必要を強調していたような話は寡聞にして聞いたことがない。
          表紙コメント
万葉集で屎蔓だったヤイトバナが何故・何時の間に屁屎蔓に変化。変遷。それとも?
 
2012.3   
 タネツケバナ    タネツケバナは稲作の伝播に続く畑作の麦に伴って侵入したと考えられ、麦より早い時期に開花結実して繁殖するのが基本戦略。棲みついた日本の畑や渇水期の水田やその周辺から徐々に生息域を拡大、今ではどこにでもある普通の草となっている。特に近年は水田での裏作がなくなって刈入れ後は乾田として放置されるため、タネツケバナにとっては理想的な生育環境となっているようだ。
          表紙コメント
縄文の時代から水田等でしぶとく生き残り、裏作の無い昨今は我が世の春を謳歌?
 2012.4  
 シャガ  アヤメ科の花は当然ながらよく似ているもののそれぞれに他には見られない明確な特徴ががあって面白い。
 シャガは特に野性的で逞しさにあふれているが花そのものは素朴で、磨けば光る素質を内在している、例えれば病気知らずに育った生き生きと健康な山の娘といった感じだろうか。
 当然知らないだけで改良品種もあると思うが、シャガに関しては今のままの花で良いと思う。
          表紙コメント
清澄のやまぢをくれば羊歯交じり著莪の花さく杉のしげふに・・・ 長塚節
 2012.5   
フジ  フジは憧れの樹ともいえる。源平藤橘の流れは現在の姓にも色濃く残り、藤の名所は各地に多く花の改良品種も多い。花は観賞して食用に、蔓は丈夫な綱になり、繊維を取って服にするなど日本人の生活に深く溶け込んできた。富士山とフジに関係はないというが、フジの発音が我々の心情に何かの影響を与えていることは間違いない。
 フジは不二であり不死であり封じでもある。
          表紙コメント
フジを、藤或いは富士と連想する日本人、どちらのフジも日本の固有で日本の心
 
 2012.6  
ヤマビワ   葉がビワに似て山に生えるからヤマビワで、基になるビワは琵琶の形に似た葉をつけることに由来しているらしいので、友達の友達は友達だと言えなくもないが、ビワはバラ科、ヤマビワはアワブキ科で全く関係はない。
 伊勢神宮の神事に使う清浄な忌火は今でもヒノキの板にヤマビワの棒を擦り合わせて起こすそうだが、ヤマビワは伊勢神宮林には多いと聞く。
          表紙コメント
変哲もない樹伊勢神宮では昔から火切杵に使用とは、奥深い知恵にただ感心
  
  2012.7
 
コウゾ    身の回りの自然の中で自給自足し、身の丈に合った生活の中で貧しいながらも心豊かだったのはそう昔ではない。絹を作る蚕のクワ栽培の衰退、和紙を作るコウゾの類の生産減少等、田舎に普通だったクワ科植物は大規模大量生産の波に呑み込まれて顧みられなくなった。
 日本の山野ベースの文化が欧米の石炭石油文化に駆逐されたわけだが、生きるとはかくも過酷な変化を受け入れることなのだろうか。
          表紙コメント
古くから日常の中にあったコウゾ、合理化の大きな潮流は里山の事情に容赦ない
2012.8   
イヌザクラ    バラ科サクラ属はウメやモモも含んで幅広いが、殆どが○○ザクラの○○に自生環境や花の特徴が表示されて和名になっている中で、このイヌザクラだけが何故かイヌがつけられて仲間より一段見下された取り扱いをされている。
 DNAを取り入れた新しい分類体系ではウメはウメ属に、モモはモモ属に、イヌザクラはウワミズザクラ属に配置されたが、かえってサクラへの憧れが強調された気がする。
          表紙コメント
客に似て客でないのをサクラというが、サクラに似てサクラでないのはイヌザクラ はて?
 2012.9  
タラノキ  表紙に載せた歌は和泉式部続集に出てくる歌で、、「また尼の許にたらというもの、わらびなどやるとて」のコメントがついており、この頃にはもうタラを食べる習慣があり、わらびと一緒に贈り物にしていたことが分かる。
 (底本;丹鶴叢書) 和泉式部続集 女人和歌大系第2巻勅撰集期 私家集歌合 長沢美津編 風間書房昭和40年 
          表紙コメント
 見せたらばあわれともいへ君がため花をみすててたおるわらびを・・・
  2012.10
 
ススキ    万葉集に1500ほどある植物が詠み込まれた歌の中で、一番多いのは萩の138首、ウメ、マツと続いて7番目にススキが43首、8番目にサクラが42首と言われるが、この順序にも貴族や防人達の心情が反映している気がする。萩好みを明るい未来を信じて歌う童謡唱歌とすれば、ススキ好みは多くの穂が集まってはいるがやはりオバナの孤立を実感する防人達の演歌と言えるのではなかろうか。
          表紙コメント
 人皆は 萩を秋といふ、よし我は尾花が末(うれ)を 秋とは言わむ 万葉集(作者不詳)
2012.11   
イイギリ  DNAを基礎にした分子系統学が決める新分類体系によるマバリーの考え方は、従来の日本で広く普及しているエングラーの分類体系とはかなりの違いがあって、我ら素人が僅かに理解した分類の基準からは相当に違う。
 イイギリ科イイギリ属にあったイイギリはヤナギ科イイギリ属へ移されてしまったが、確かにイイギリの葉はポプラの葉に似てはいるものの、花は全く違うような気がする。
          表紙コメント
 晩秋の野山に目立つ真っ赤な果実、万葉人の歌心には響かなかったのか 南天桐
 2012.12
 
ツルウメモドキ 蔓もどき情はもつれ易きかな  高濱虚子。句の世界ではツルウメモドキは確かに長すぎて植物名の省略もやむなしと思うが、牧野新日本植物図鑑(牧野富太郎)では情け容赦なく「つる性でウメモドキに似た木という意味。従って花屋でツルモドキというのは意味をなさない」・・・と記載している。
          表紙コメント
 日本の秋を飾る構成員として黄葉、落葉後は美しい果実で山野を彩る晩秋の貢献樹
2013.1   
ナンテン 国内の記念日やイベントで単なる日にちや数字の語呂合わせはどのくらいあるものだろうか。殆ど意味のないこじつけの言い回しを違和感なく受け入れる呑気さに我ながら驚くが、これは日本語の特性からきていると思われるが、根底には発せられた言葉は力を持つという日本古来の意識にまで遡るのではなかろうか。不吉なことを言うと災いを招くとはこの前まで言われていたような気がする。
          表紙コメント
 日本人の掛詞好きは万葉の昔からで、難を転ずるの発想にも特に違和感はない
2013.2   
 ホシダ   シダを学ぶに際してまずホシダを選ぶことは適当と思われるが、難点は迷うような類似種がないことだろう。和名の通り穂になったシダで分かりやすいし何処にでもあるし、一度覚えると後々まで間違うことはない。イノデが多くの雑種を作って、何時までたっても見るたびにさて何だろうと悩むことも困るが、さりとてあまり多くの雑種を作ってもらってもまた困ったことになる。何にしても適度に複雑とは贅沢な望みではある。
           表紙コメント
その辺りに普通のシダで葉先が穂状なのでホシダ、分かりやすいこんな和名が良い。
2013.3   
サンショウソウ   サンショウを旧版の広辞苑で引けば、樹木の「サンショウ」があって、次いで両生類の「サンショウウオ」、鳥の「サンショウクイ」、「山椒醤油」、トゲのある灌木の「サンショウバラ」、「山椒鋲」、「山椒味噌」、池などに繁茂する「サンショウモ」と出てくるが、このサンショウソウは出てこない。確かに形はよく似ているが、他種に比べて人間の生活に関連する度合いは少ないかも知れない。
           表紙コメント
この草の名を考えろと言われたら、確かにサンショウソウと浮かんで来そうな感じ
2013.4   
イヌガヤ  DNAを基礎にした新分類でイヌガヤ科イヌガタ属からイチイ科イヌガヤ属となり、イチイ科カヤ属のカヤに近くなったが、天と地ほどもある両者の値打ちの違いが縮まった訳では無い。 芸能界でそっくりさんが類似にしのぎを削って活躍しているように、独立した科をもって類似を主張していたイヌガヤにとって、イチイ科への転科は無念の極みに違いない。
 似てはいるけど手の感触でカヤとは違うと知らせていたのに。
           表紙コメント
触ってみると他種との違いが手に伝わる、人間も同様で握手は心のメッセージ
 
 2013.5  
モロツカウワミズサクラ  最近になって新種として確認された樹だが、谷川等の水辺にある点で 類似種とは自生環境が明らかに違っているが、その後の調査で周辺町村でもかなりの株が発見されており、もっと広範囲に分布している可能性がある。もしかしたら誰かの所蔵標本の中に紛れていることも有りうるので、特徴を再確認して見ると分布範囲の確認につながるかも知れない。
           表紙コメント
今のところ県北の一部でだけ見つかっているが、生育地の環境は類似種とはかなり違う。
  
2013.6  
マテバシイ  果実はシイの実の4~5倍ほども大きくてあく抜きせずに食べられ、笥の代りに飯を盛るにも相応しい大きさの葉。古資料にも出てこないのであれこれ推量のしようもないが、有馬皇子が歌った椎はマテバシイではない。その頃マテバシイはなんと呼ばれていたのかは不明、九州外にも広く植えられたというが不思議なことだ。大和本草にはカシノキの類とだけある。
           表紙コメント
縄文の頃には関東まで運ばれて植栽されたほどの果実、古資料に出てこない不思議がある。
 
2013.7   
 ヤマアジサイ   草木はそれぞれ特有の花で効果的な受粉で生き残ってきたが、花色は中でも大きな要因を占める。アジサイの花色作戦は終局的ともいえるほど戦略的で株ごとの花の色具合も少しづつ違い、個々の花も時間により変化するが、これらの変化に対応して集まる昆虫はどのくらいいるものだろうか。
 食草については全くの門外漢だが、ヤマアジサイでも相当な数と思われるが調査した人が居るのだろうか。
 儚げな寂しい花を見ていると諸々のことが心に浮かぶ。
           表紙コメント
山の淋しい湖に ひとり来たのも悲しい心・・・・。ヤマアジサイは何処か淋しい
2013.8   
ハンショウヅル   ハンショウヅルのハンショウは半鐘のことであるといっても現在では見ること稀でまして音を聞くことも無く、半鐘の説明は難しい。また宮崎ではハンショウヅル自体も目にすることが少なくて花の形をイメージしにくい。しかし良く似た仲間のタカネハンショウヅルの方は低山地で目にする機会が多い上に、両者の花の違いの説明のほうが返って難しいともいえるほど似ている。世の中、目的によっては似たもので十分代用できることの見本ともいえる。
           表紙コメント
見上げると空をバックに枝葉の間から下向きの花(果実)が見える。花言葉は感謝
2013.9   
サワシロギク   サワギクがありヤマシロギクがありシラヤマギクがある。その他実に多くのキクの仲間があってそれぞれに他種との違いを際立たせて自己主張している訳だが、図鑑等を見てその違いをはっきりとイメージすることは難しい。
 現場で実物を見て直接その雰囲気を感じ、特徴を目にして初めて他との違いが頷けるわけで、何事によらず現場に出向いて実物に当たることが解決の早道に違いない。
            表紙コメント
和名だけでは似た植物が多くて混乱するが、現場で実物を見れば特徴が良く分かる
2013.10   
ヒヨドリバナ   秋の七草に数えられるなど持て囃されてきたフジバカマとはごく近縁ながら殆ど無名、山里の仲間と静かに日本の秋を演出し続けているヒヨドリバナだが、植物図鑑等に記載された個々の違いを読んでも取り立てた違いは見当たらない。
 しかしながら現場に出向いてその立ち姿を見ると、なるほど、やはり違いがあると感じる。言葉による説明で正確に理解してもらうのは難しく、現場で実物を雰囲気ごと見るに如かず。             表紙コメント
青空に高いヒヨドリの声、未だ緑濃い初秋林縁のヒヨドリバナの白い花、まさに日本の秋
 
2013.11 
 
サツマシロギク  ノギクをヨメナとする説はさておいて山野に咲くキクの総称をノギクとした場合、どのくらいの種類があるのか見当もつかないが、伊藤左千夫の「野菊の墓」で言うノギクの種をあれこれ詮索することが作品の正しい鑑賞に役立つとは思えない。
 しかし、植物を正しく整理記録するためには細部にわたる調査が必要であり、時代はDNAレベルの違いを問題にする所まで来たが、命名時の考え方は従来通りのようだ。
             表紙コメント
野菊の一つで済んだ時代もあった、DNAレベルで分類してついた和名にしてはごく普通?
 
2013.12 
 
ウド  ウドは草の仲間で高さ2~3mほどになるが、樹の仲間で沖縄や小笠原諸島には高さ10m以上にもなるというウドノキがあるらしい。やはり柔らかくて役に立たない樹なのでウドの名前をもらったらしいが、マサにウドの大木だ。ウドは山菜(栽培が盛んな近時は野菜に近いといわれる)で、若い茎葉の独特の香りには隠れファンも多い。ウドの場合、諺の「10で神童、15で才子、20過ぎればただの人」に追加して、30過ぎたら役立たず になってしまう。
             表紙コメント
ウドの大木蓮幹木刀(ハスガラボクト)、宮崎民謡で日向男はイモガラボクト(芋茎木刀)
2014.1 
 
フカノキ  フカノキはフカの樹だろう。フカの意味は負荷、不可、孵化、府下、賦課、鱶・・・・命名の根拠があるはずだ。確かにこの樹を指して他の樹とは違う呼び名で示した最初があった筈だ。呼び名を日本語の意味に当てはめた字がある筈だ。それとも学者が地元で呼び名を聞いた時にフカノキと聞き違えたので元の意味が繋がらなくなったのだろうか。鹿児島の方言でフカノキと言うらしいが、兎に角フカノキだと覚えるしかない。
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語源に拘って漢字を充てたい、素直にフカノキで理解するってホント日本人には難しい
 2014.2  
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オトコシダ  オシダ科の中にオシダ属があり中にオシダがあるが、さらに男をイメージさせる特徴を持ったシダが出てきたのでオトコシダとしたがそれはカナワラビ属のは範疇に入るものだった。誰がいつごろ命名したのか判らないがこんな想像をしたくなる和名ではある。学名「assamica」は、紅茶で有名なインドのアッサムから来ている。
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堅くゴツゴツして尖った葉でオトコシダ、そのままで単純明快、見かけどおりの和名
 
 2014.3 
 
イヌガシ  雰囲気からしてマツラニッケイの名が相応しい樹に思えるが、貝原益軒の大和本草にちゃんとイヌガシと出てきているので、イヌガシの呼び方も相当古くからあったものと思われる。和名決定時には多くの地方での呼び名も当然に比較検討し参考にすると思われるが、最後は命名者の思いで決められるので、書き残したメモでも無い限り経緯は不明となる。 クスノキ科の樹には元々癒し効果のある香りがある上にこの樹の小派手な花は売り込めるかも。
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最近は人間の心の友になった感のあるイヌやネコ、さてイヌガシの価値向上への効果は?
 
2014.4 
 
クマシデ   植物を見かけの違いである程度正確に見分けられれば便利この上ないと常に思う中で、このシデ類は比較的その願望を満たしくれる気がする。
  果実の大きさ形状からクマシデはイメージに合致するし、大小の比較からイヌシデはなる程と、無毛で枝や果苞に赤みが感じられるアカシデは、髪を切ってしまった赤毛のアンが連想される。
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ソヤにはホンゾヤとタケゾヤとイヌゾヤがある・・・椎葉クニ子(おばあさんの植物図鑑から)
 
2014.5   
 ウリハダカエデ   ウリカエデは樹皮がマクワウリの果皮に似ていることからということで説得力もある。ウリハダカエデの方は若木の樹皮がマクワウリの果皮に似ているからだが、こちらはウリハダと表現されている。素人目にはウリカエデの方が先に名付けられてやむなくウリハダにしたように思えるがどうだろうか。
  さてウリカエデにはメウリノキの別名があり、こちらの和名で比較すれば、大きいウリハダカエデ、小さいメウリノノキで整合性は取れる。
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東北の玩具「こけし」の材料になるらしいが、良いこけしの肌をウリハダというのだろうか
2014.6   
カカツガユ   漢字で表記すれば「和活油」となるそうで、一説にいうホオズキの古名カガチの変化と、油は柚でユズに似ていることから来ているというが、私の石頭ではユズに似ること以外頷けるところはない。形状や特徴、関する人・事件の話も無しでは、語原・由来とのこじつけも出来ず連想も出てこないようでは、せっかく憶えても翌日以降に記憶を残すことはできない。
  そのような和名の草木は、ただ憶えて忘れて憶えて忘れて憶えるを繰り返すしかないようだ。別名の山ミカンなら何となくオメージが残るというのは、やはり現代人なのだろうか。
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植物和名を語原・由来から連想して覚えたい?・無理ですね、ただ繰り返し覚えるしかない
2014.7  
 ケムラザキニガナ   山路来て 群生することもなく文字通りひっそりと咲いている花で、ムラサキニガナだけであれば何となく風情が感じられるが、頭にケがつくと忽ち興ざめしてしまう、困ったことだ。
  植物の世界では毛の有無で種が変わってしまうことは珍しくはない。多分動物界においても似たようなことと思われる。
  長い進化の過程で生き残りに際して有毛か無毛かは、究極のところ有毛は有用で無毛は無用の選択だったのだろうか。
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山路来て すず風受ける うす木陰 連れ人もなし ケムラサキニガナ 詠み人知らず
 2014.8  
フユイチゴ  人知れず夏の暑さの中で清楚な白い花を咲かせ、冬の寒さに耐えて赤い実をつけるフユイチゴ。トゲのある葉や茎の間から見え隠れするほのかに甘いにチゴ。冬の果実に気がつく人も夏に咲く花に注目することは少ない。探そうとする人には花は見えるが、しっかりした緑の葉の陰に咲いて見ない人には見えない花。まさに演歌の世界ではないか。
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寡聞にしてまだフユイチゴを歌った演歌は聞かない。材料満点の良いテーマと思うが、坂本冬美さんどうですか
  2014.9  
 ハマセンダン  今まで見た樹は押しなべて混み合った樹林内で高さを競うように伸びているので、花や果実の写真が撮り難い。浜近くに生えるセンダンに似た樹の意味だがかなり山の方にも生えている。枝ぶりはセンダンに似ている気もするがそれ以外にセンダンを思い起こす要素は見当たらない。
 あそこにあるなあと認めるだけで、それ以上親しい関係にはなれそうもない気にさせる樹といえる。
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作者が相応しいと思うこの樹の花言葉は、「高みの見物」、または「貴方はあなた私はわたし」
 
 2014.10   
 ニシノヤマタイミンガサ  ニシは日本の中の西の方のことで、植物図鑑の索引で和名を見た時、大まかに言えば方向を示すヒガシが頭についたものは見当たらない、。ニシとついたものは数種あり、キタとついたものが2~3種、ミナミとついたものはないがナンブとついたものが7~8種、但し、この場合必ずしも日本の中の南を指しているとは限らないと思われる。やはり方向というのは中心があってのことではないだろうか。
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西の(山大明傘)で、岐阜県以西に生えるらしいが、西の・・? 西日本と東日本の境はどこだろうか?
 2014.11  
 イラクサ  洋の東西を問わず古くからイラクサの痛いトゲは有名なようだ。アンデルセンの童話「白鳥の王子」はイラクサの繊維で帷子を11枚作る話だし、杜甫の詩は農作業のことを細かく多くの詩の形で叙述する中で、イラクサの痛さを詩にしている。
 面白いことにまたイラクサは生薬「蕁麻」として「子供のひきつけ」に効き、食用にもなるらしい。東北ではミヤマイラクサは最高にうまい山菜アイコと呼ばれるという。             表紙コメント
草有害於人 曾何生阻修 其毒甚蜂蠍  其多彌路周  清晨歩前林 江色未散憂 芒刺在我眼・・・除草(杜甫)
2014.12    更新せず  
2015.1   
 マツザカシダ    往年のような圧倒的なブランド力は減ったとはいえ、ビールを飲ませるという松坂牛の知名度は高い。マツザカシダもその微妙な色合いは日本人好みでもっと知名度が高まっても良い筈なのだが、派手な色の観葉植物が持て囃される昨今、今一広まらない感じがする。観葉の世界では世界的にもこの仲間は愛好者が多いとも聞くが、マツザカシダにまさかビールをかけるわけにもゆくまい。
   表紙コメント
印象的な美しい白斑の入るシダをマツザカシダ、微妙なバランスで霜降りが入るとマツザカ・・・
2015.2 
 
クサマルハチ   ヘゴに近縁の植物といわれるが、草形は普通のシダで普通にイメージするヘゴの形からは程遠い。同じヘゴ科のマルハチは写真で見る限りヘゴの仲間と思えるが、更にそのマルハチがついたクサマルハチはどう見ても別類だ。しかし羽状の葉一枚を丁寧にじぃっと見ている内に、何だか頭上に広がった一枚のヘゴの葉が頭に浮かんできた
   表紙コメント
中生代後期、恐竜の傍でソテツと並んで繁茂したヘゴの近くにクサマルハチがあったかも?・・・
2015.3    
コウヤコケシノブ   頭に高野がつく植物に、コウヤマキ(高野槙)、コウヤボウキ(高野箒)、コウヤザサ(高野笹)、コウヤワラビ(高野蕨)、コケ類でコウヤノマンネングサ(高野の万年苔)、その他があるが皆それぞれに高野山に因むとされている。
 特に珍しいものではないが何故か深山幽谷に生える貴重な種であるかのような気持ちになるのは、やはり弘法大師の開いた高野山のイメージが連想されるからだろうか。
   表紙コメント
コウヤは高野山に由来・・・多分、弘法大師が修法の地として踏みしめた足下にも生えていた?
 2015.4  
オオバヤシャブシ   図鑑等では関東の南部等に自生するとされていた樹だが、近年は山地の道路工事等でのり面保護用として植栽されたり、傾斜地の防災工事の緑化樹に利用されたりした樹が逸出して宮崎でも見られるようになった。
  アメリカではクズ(葛)がやはり防災用に日本から持ち込まれて大繁殖していると聞くが、求める人がいる限り植物も動物も地球規模で移動し繁殖してゆくのは避けられないと言うよりは必然ということだろうか。
   表紙コメント
帰化植物に限らず近年の人・物の移動は想像を超える規模、何処にでもあるのが国際化?
 2015.5  
バリバリノキ   作和バリバリノキ、葉の形状とつきかたを見ると、いかにもピッタリに思われるが、さて本当に風に揺れて音がするのだろうか。葉のすぐ下で暫く立って風が吹くのを待っていたことがあるがバリバリ、ガサガサなどの音は聞こえてこなかった。
 葉の老朽度や時期などの条件にもよると思われるが、隣り合った葉がすれてバリバリと音がすることについては懐疑的にならざるをえない。
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バリバリとは? 元気いっぱい? バリバリ仕事をする? 美空ひバリの不死鳥の羽根飾り?
 2015.6(5)  
ミサオノキ   年中枯れることなく緑の葉をつける樹は数多く見られる中で、牧野富太郎博士は何故にこの樹に操を連想して名付けたのだろうか。図鑑の解説に、この木が岩の間にはえても、常に青々として色が変わらないので操の堅固なことにたとえた とある。厳しい逆境の中で青々とした気持ちを保ち続けることの困難さを噛みしめている時期にこの樹に出会った?
 博士の著作の中にこの樹の命名の経緯が述べられている本は無いのだろうか。
           表紙コメント
ミサオと聞いての連想は、藤村操、松原操、中原美沙緒、高尾太夫で、みさお?それ誰?
2015.7(6) 
 
ミヤマトベラ  生薬名を山豆根と言うそうだが、李時珍の本草綱目に記載された簡単なコメントや図から日本のミヤマトベラに該当するとした江戸の本草学者の努力と知識に驚くが、その後のミヤマトベラの効能の変遷を読むと、あらためて異国の植物を画像のない解説だけで単純に日本の植物に当てはめることの難しさを実感する。元々漢方薬は中国自生の植物を中国人が色々試して効果を集大成した物なので、他国での応用には複雑な困難が伴うと思われる。(参考:薬草カラー大事典 伊澤一男著)
          表紙コメント
山間の小さな無人駅から徒歩200m,小集落の人声も届く杉林の中でひっそりと開花準備中
2015.8.15  
キキョウ  キキョウと聞くとあの鮮やかな青紫色が目に浮かび、ついで桔梗紋の明智光秀の死にざまが思い浮かぶ。
 何故か由緒ある土岐一族の家紋である桔梗の深い青紫色は不可解な行動のあげくあっさり死んでしまった光秀に相応しいような気がする。往時草原でその美しい紫色を誇らしげに風に揺らしていたキキョウも、今では海近くの岩場にひっそりと目立たぬ風景の中でトキを待っている。
           表紙コメント
この朝の風に吹かるる霧うすし濡れつつ動く桔梗の蒼・・・・島木赤彦の太虚集から
 2015.10.12  
タヌキマメ  一見したところ帰化植物にも思える雰囲気の植物だが、日本の山野に広く分布しているという。最近では絶滅危惧種に指定された県も少なくないらしいが、和名がいつ頃つけられたものか、名前が出てくる古本等も不明なタヌキマメ。
  近頃の研究で、成分に抗ガン物質が含まれているらしいとも聞く。ともかく特徴のある草形なので、昔から人目を引いて何かの記録に出てきても良いと思うのだが。
          表紙コメント
群生したイメージはタヌキというより、一本足で踊り撥ねる唐傘お化け?・・・囃子は狸の腹鼓で
2015.11.21   
 ハス  ハスとは誠に不思議な花だと思う。古代エジプトでは太陽神はハスから生まれたと言われて生命・生産力のシンボルであったし、古代インドでは極楽世界の極楽池にはハスの花が咲いていることになっているし、日本の古事記にはハスの花にちなんだ雄略天皇の話がある。それほど印象の強い花ということだが、最近の研究ではハスとスイレンは同じ仲間ではないということで、ハス科とスイレン科に分かれてしまった。          表紙コメント
 池を覆い尽くした葉、清廉な白い花はすでに過去、万物は流転し変化する。ああ諸行無常
 2015.11.21  
ツユクサシュスラン   普通はランとついたからにはどのように美しい花かと色や形を様々に思い浮かべながら楽しむもので、さらに進んで果実や種子に思いを致す人は先ず居ない。しかしながらバニラに於いては美しい花は無視してその果実(種子)の価値を優先させて栽培していることは常識となっている。
  ツユクサシュスランに於いても他種との見分けに果実は有益で、人間の都合からもそれなりに価値ある存在と言える。        表紙コメント
 ランの実をめでる・・・へそ曲がりの人は何処にでもいる?心を開いて見れば花も実もよし面白い
2016.2.15   
ヒロハノコギリシダ   およそ物の大小・広狭等はある一定の基準となる規格を基に決まるると思うが、その基準は判断する人が積み上げてきた常識、或いはその世界で定められた定義で判断される。  ヒロハノコギリシダとは、ノコギリシダに比べて葉が広いの意味だと思われるが、我ら素人の目には単に一見した普通のノコギリシダとの比較しかできないが、実はもっと深く多様な基準の中で葉が広いから・・・ということだろうか。
       表紙コメント
 和名の広葉は種小名「dilatatum]の意味する「拡大」に合致。確かに葉も広いが、何の葉と比べて広い?
2016.4.18   
タガネソウ  タガネソウは鏨草で、牧野図鑑には、葉の形が鍛冶に使う道具の鏨に似ていることに基づく・・・と説明されているが、どう見ても似ているように見えない。命名者とは見るポイントが違うのだろう。テレビドラマ御宿かわせみの作者平岩弓枝の直木賞受賞作「鏨師」は刀剣に銘を入れる鏨師の話で、鏨がどのように使われるものかが良く理解できるが、タガネソウにつながるようなイメージは湧いてこない。
 カヤツリグサ科 ━スゲ属 ━タガネソウ節 ━タガネソウ(鏨草)・・・・国内の分布南限地は宮崎
2016.5.12   
ツクシタツナミソウ   上段のタガネソウとは違ってこのタツナミソウの命名者の見る位置と作者の目線はほぼ同じだろう。波が立ち上がって寄せてくる情景は多分(?)命名者も私も似たようなイメージで捉えている思われる。冠のツクシは命名者の個人的な発想に基づくもので、大まかに九州地域に生育していることの表現ということで理解できる和名のように理解できる。
        表紙コメント
 花からは確かに北斎富嶽三十六景の大波が連想されるが、ツクシの立浪となれば玄界灘の荒海だろうか
 
2016.7.8   
フナバラソウ フナバラソウという和名が古事記の「天の羅摩の舟」に繋がるとすれば、古くから白微と呼ばれて倭妙類聚抄に、和漢三才図絵や大和本草にも出てくるので、舟の腹に似た特徴ある果実は広く認識されていたことになる。また果実の形が良く似ている同じ仲間の花の中でも特に舟の腹を思わせるこの種がフナバラソウと呼ばれきたとしても不思議はない。
        表紙コメント
 古事記で小名毘古那の神が乗ってきた「天の羅摩の舟」の羅摩はガガイモ科植物とされるが・・・・
  
2016.8.18 
 
クサボケ   学校の帰り道、クサボケやノイチゴのある道脇に目を配りながら、舗装など無い道を行きつ戻りつ遊びながら通ったことは遥か昔、夢のような気がする。思えば遠くへ来たものだ。   今では通学路には見守り人が必要となり、帰り道は学習塾やクラブに遅れないよう、車に気を付けながら真っ直ぐに帰るのが当たり前になっている。
        表紙コメント
 野に這ひて草木瓜の花赤く咲く むかしのままのふるさとの道(峰村国一)・・この画像も野に這って撮った
2016.10.12   
マコモ   嬉しがらせて泣かせて消えた 憎いあの夜の旅の風
思い出すさえざんざら真菰 鳴るなうつろなこの胸に
 所詮かなわぬ縁の恋が なぜにこうまで身を責める
呼んでみたとてはるかなあかり 濡れた水棹が手に重い
 利根で生まれて十三 七つ 月よわたしも同じ年
かわいそうなは みなしご同士 きょうもおまえとつなぐ舟
    (おんな船頭唄:三橋美智也)
         表紙コメント 
 真菰の葦は風に揺れ 落ち葉くるくる水に舞う この世の秋のあわれさを・・・・(夕陽の丘三番歌詞)
2016.12.1   
コガクウツギ   「一寸の虫にも五分の魂」という言葉はあるが、成熟した社会は多く持てるものと僅かしか持たないものとの違いを実感することが多いなあと思う。本当の幸せとは無縁のことで無視するに如かずとはいえやはり弱者の理屈ともかなあ。
  此の世では物の価値は人間の役に立つかどうかで決まっているが、さて、あの世では神様が下す価値判断とはどんなものだろうか。
        表紙コメント
 色の変化を競うアジサイの仲間内で、自分の独自性は種小名の葉脈に沿って出る黄緑班だけかなあ
2017.2.22   
エダウチホングウシダ  某国の出来事ながら枝落としが話題になっている。古くから植林に努めてきた日本では、林業家の基本的な作業として枝を打った杉や桧を価値ある木材にするための枝落とし作業がある。樹木の場合は枝をを拡げて葉を増やすことが自然であるが、人間の好みは節のない木材であり、その育成に支障する枝はいずれ落とされる運命にある。
        表紙コメント
 エダウチ まさに和名の妙というべきか、独特の専門用語? これに対応できる表現は英名には多分無い?
2017.5.3   
カタクリ        表紙コメント
 もののふの 八十をとめ等が把み乱ふ 寺井の上の 堅香子の花・・・大伴家持(万葉集)
 
2017.5.31 
 
トキソウ          表紙コメント
 高原の花屋にありし朱鷺草の鉢なつかしく思うことあり(鳥海昭子)。朱鷺に倣いまた鴇草も?時の流れか
2017.6.28   
クサフジ           表紙コメント
 目医者から破れズックの戻り道 母の手やさし クサフジの花・・・作者の遠い昔の母の手の思い出
 2017.7.15   
コジキイチゴ           表紙コメント
 実言葉があるとすれば、名は体を表すとはごく一部に嵌るだけで、体の実態を表すことではない
 2017.8.18   
トチバニンジン          表紙コメント
 実センブリやゲンノショウコほどには庶民が利用しなかったトチバニンジンは、やはり医師の領域だったのだろうか
2017.10.10   
アイナエ      表紙コメント
 地面からの高させいぜい15cmの一年草で陽当たりを要求する・・・意外に人間べったりの生活
2017.11.4   
クロガネモチ      表紙コメント
 くろがねもそよごもたらようもなにせんが、まされる果実は之にしかめやも・・・・山中のやっこら
 2017.12.7    ホオノカワシダ      表紙コメント
 くろがねもそよごもたらようもなにせんが、まされる果実は之にしかめやも・・・・山中のやっこら